コラム2026.04.22

ローマの南で生まれた、新しい伝統。カザーレ・デル・ジリオの始まり

カザーレ・デル・ジリオ

 「イタリアのワイン造りの将来は、偉大な伝統を持つ地域のイメージを強化することのみにあるのではなく、未だポテンシャルが知られていないエリアにおいてこそ、適切な葡萄と醸造方法を選び、トップクオリティのワインを生み出すことにかかっている。」 当主アントニオ・サンタレッリ

左:当主アントニオ・サンタレッリ 右:エノロゴ パオロ・ティーフェンターラー

ワイン未開の地、アグロ・ポンティーノ

 ワインの価値は、どのようにして生まれるのでしょうか。トスカーナのキャンティやピエモンテのバローロ。銘醸地といわれるワインの「価値」は、長いワイン造りの歴史と、産地への信頼の積み重ねによって成り立っています。しかし、産地の名前もなく、伝統もない土地から生まれたワインは、何によってその価値を示すことが出来るのでしょうか。

 ローマから海岸線を南へ50km。アグロ・ポンティーノと呼ばれるこの平野は、もともと広大な干潟でした。1930年代、ムッソリーニ政権下のイタリア政府による大規模干拓事業によって、初めて農地となった土地です。葡萄産地としての歴史はおろか、農作の歴史そのものがない、文字通りの「フロンティア」。カザーレ・デル・ジリオが設立された1968年の時点で、この土地にワイン造りの伝統は存在していませんでした。

現在 アグロポンティーノの地に、180haの畑が広がる

土壌分析が明らかにしたポテンシャル

 伝統もなく前例もない。未開の地でワイン造りをするならば、まずはこの土地を深く知る必要があります。当主アントニオ氏と先代ディーノ氏が1985年に大規模な土壌分析を実施したのは、その一歩でした。プロジェクトはラツィオ州農業局の支援のもと、ミラノ大学、ヴェネトのコネリアーノ・ブドウ栽培試験所、トレンティーノのサン・ミケーレ・アッラーディジェ農業学校などを招いて実施されました。調査が明かしたのは、アグロ・ポンティーノのテロワールがボルドーやカリフォルニア、そしてスーパータスカンのボルゲリに近しい特性を持つという結果でした。

 海洋性気候に恵まれ、粘土・泥土が入り混じる水はけの良い砂質土壌。干拓からわずか半世紀のこの地が、世界の銘醸地に類するポテンシャルを秘めていたという発見が、カザーレ・デル・ジリオの挑戦のはじまりとなりました。

 この土壌分析のプロジェクトに、当時学生として参加していたのが、トレンティーノ・アルト・アディジェ出身の若きパオロ・ティーフェンターラー氏です。二人はこの出会いをきっかけに信頼関係を築き、以来現在に至るまで40年以上にわたってパートナーシップを続けています。アントニオ氏のビジョンとパオロ氏の技術が交差したその瞬間から、カザーレ・デル・ジリオの物語は動き始めました。

1985年 植樹した畑の様子。ボンビーノの表記

57種の植樹から始まった、実験という名の誠実さ

 分析を行った後の1985年に、カザーレ・デル・ジリオは57種の葡萄を一斉に植樹します。シラー、カベルネ・ソーヴィニヨン、シャルドネ、プティ・マンサン、テンプラニーリョ、サンジョヴェーゼ、グレーラ──国際品種から地場品種まで多様な顔ぶれは、伝統のない土地ならではの自由な発想から生まれたものでした。ガンベロ・ロッソのインタビューでは、「アグロ・ポンティーノには踏襲すべき伝統がなかった。それが最大の強みになりました。先人の『やり方』に縛られることなく、パイオニアとして自分たちの道を切り拓くことができたのです。」と語ります。厳格な規制も、守るべき慣習もない。だからこそ、何が最もよく育ち、よいワインを産むかを土地自身に問いかけることができました。その「実験」は約10年にわたって続きました。

 結果、国際品種に高い適性があると判断。1994年、シラー、カベルネ、メルロー、シャルドネ、ソーヴィニヨンの5品種が初めてボトリングされ、世に出ました。10年の実験が、ようやく一本のワインという形になった瞬間です。

「実験」の中でボトリングした 1988年産のプティ・マンサンをはじめ、当時のボトルが残る

「産地」ではなく「ジリオのワイン」として選ばれる日まで

 しかし、当時のローマで求められるワインはキャンティやアマローネ。世界中から多くの観光客を迎える首都において、ラツィオのワインを求める先はほとんどありませんでした。ディーノ氏とアントニオ氏は車に試飲ワインを積み込み、レストランやワインショップを一軒ずつ訪ね歩きます。「産地」の看板ではなく、グラスの中身だけで勝負する日々が続きます。

 最初に評価されたのはシラーでした。一度買ってくれたユーザーからの追加注文が、1ケースから2ケース、そして5ケースへと増えていく。その小さな変化が着実に広がりを見せ、「ラツィオ産ワインというよりも、ジリオのワイン」という評価が広がっていきました。産地の名前でなく、造り手の名前で選ばれるワインとなったのです。未開の地で生まれたワインが、新しい伝統を刻み始めた瞬間でもありました。その地道な歩みは、今日ガンベロ・ロッソのトレ・ビッキエーリ連続獲得や、ローマのミシュラン星付きレストランへの採用という形で広く認められています。品質と信頼だけがワインの価値を証明できる。その事実を当主アントニオの信念とともに、一本一本のワインで示し続けています。

現在はワイン、グラッパ、EXVオイルを含めて22種類の商品を世に送り出している

  • Casale del Giglio 公式サイト https://www.casaledelgiglio.it/
  • Casale del Giglio インタビュー(Gambero Rosso) https://www.gamberorossointernational.com/news/equalitas-exports-and-breaking-the-rules-why-casale-del-giglio-works/

カザーレ・デル・ジリオ

PAGE
TOP